冬本番で寒い日が続いていますが来週は節分、その翌日は立春で暦の上では春。いまは寒くても確実に日は延びているし、この先にかならず春がくると感じられる日です。豆まき、いつの間にか関東でも当たり前になった恵方巻、どちらも楽しみ。今日はお家の邪気を払い福を呼び込む行事、節分にまつわるお話です。
節分にはどんな意味がある?→節分の意味、いわれ
わが家ではご近所迷惑にならない程度の大声で「鬼は外、鬼は外、福は内」と言いながら豆をまいています。もともと節分とは立春、立夏、立秋、立冬の前日のことだそう。その中でも1年の始まりでもある立春の前日だけを節分と呼ぶようになったようです。
災いや病気の元の邪気ととらえられていた鬼を、悪いものを追い払うチカラがあると考えられている豆で家の中から追い払い、新年の無病息災を願うという意味があります。また柊とイワシには鬼が家にが入ってこないようにという意味があるそうです。
いつの間にか関東でも恵方巻が定番になりました。
埼玉で生まれ育ち結婚してからは東京に住んでいる私が、初めて恵方巻を知ったのは娘の保育園時代。1990年後半スーパーでもコンビニでも見かけるようになり、毎日メニューを考えてのご飯作りを悩ましく思っているママ友の間で話題になりました。すっかりわが家も節分の夕飯は恵方巻になりました。
この恵方巻の具にもおせち料理のように意味があるそうです。かんぴょうは長寿祈願や縁結び、シイタケ煮は身を守る、卵焼きは金運上昇などなど。いまはお店ごとにいろんな具材の恵方巻がありますね。そして恵方を向いて黙って食べる。ちなみに2024年の恵方は東北東です。
邪気を払い福をお招きしたのに、イラついてたこと
「鬼は外」と邪気を追い出して戸を閉め「福は内」と家の中にいい気を招き入れながら豆まきをしたあと年の数だけ豆を食べてたら、床に散らばった豆を掃き集めて捨てるのがわが家の節分の締めです。
片付けがヘタで床置きのものがいくつもあったころは、この豆を掃き集めるのもちょっとした仕事。掃き集めたつもりが、何日かたってものを移動するときにコロっと豆がでてきたのに気づかずに踏んで、粉々になった豆が散乱することもありました。スリッパもそのまま歩くとざらついて不快です。しかもそういうときはなぜか忙しいときで、つぶれた豆にも自分にもイライラしていました。
元々は福を招いた豆なのにイラつく原因になるのは片付けがヘタだからと自分を責める原因にもなっていました。
「福」とは幸せなこと
お招きした福は健康だったり、ラッキーな出来事だったりいろいろなことがあると思います。でも幸せな状態と考えると、部屋が片付いていて必要なものがいつでもさっととりだせる、しまう場所も決まっていて、どこにしまおうかなと考えなくてもすぐに戻せて、自分も家族もストレスがないのは充分幸せなことだと思います。
でも、どう片づけていいか分からない、子どものためにもスッキリした家にしたいけど部屋の使い分けをどうしたらいいか分からない、どんな収納用品を使えばいいかわからないことがあります。かつての私は模様替えと言って部屋の使い方を変えたり、収納用品をあれこれ試してみたけど使いこなせない、頑張って片付けてもすぐにリバウンドしてしまう、こんなことを繰り返していました。
自分に自信が持てないし、片付いていない家で育ったら娘も片付けが苦手なひとになってしまうかも知れないという不安から、片付けの教室に通いました。私より片付け上手な夫は、片付けを学ぶこともそれにお金を払うこともいまひとつ腑に落ちていないようでした。でも家がスッキリしてものの出し入れが楽になって行ったことで、片付けにお金を払う効果を実感したそうです。
例えば恵方巻も材料を買って自宅で作ることを楽しむこともできます。しかしスーパーで出来たものを買うことで、何が必要かどんな下ごしらえをするか調べたり、材料を揃えて調理する時間は不要になります。頑張って作ったけど思ったような味が出せなくて残念ということもあるでしょう。
片付けも同じで、自分ではうまくいかないならプロに任せることでひとりで悩む時間が不要になり、片付けにかかる時間も大幅に短縮できます。早く片付いたらその分自分がやりたいことに早く取り組めるし、家族と向き合う時間が早く作れるようになります。
節分の翌日は暦の上では春、新しい暮らしの準備にぴったりの季節ですね。
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