「信じる」「期待する」の違い

先日参加した「幸せスイッチを哲学する」のワークショップにて出た話題。

誰かを信じるってことは

「その人を信じて信じて信じ切っている・・その自分を信じること」

たとえばテスト前なのに勉強しない子どもに

「テスト前ってわかってる?ママは(あなたが勉強するって)信じてるからね」

って声をかけている時点で信じてないのかも。

信じていたら「テスト前ってわかってる?」なんて言いませんから。

そこにあるのは相手への期待。

「テスト前ってわかってる?ママは(あなたが勉強するって)期待してるからね

ってことですよね。

そして子どもが結局勉強をせずに悪い点を取ってきたら

「信じてたのに裏切られた」ではなく

「期待してたのに裏切られた」です。

似たようなものに「心配だから」というのがあります。

「あなたが心配だから気をつけてほしいの」という言葉の裏側には

愛情も思いやりもあります。

だけど一方で信じていないのです。

言葉の根っこには

「あなたが気をつけないんじゃないかと疑っている」ってこと。

こちらは私がよく娘に言っていたことです。

「あなたが心配だから」

「困って欲しくなくて」

そんな気持ちは娘への愛情と信じていましたが、その根っこには

娘が失敗するんじゃないか、ちゃんとやらないんじゃないか、という疑いがあったから。

そんな自分の不安を解消したくて言葉にしていたのかもしれません。

人を信じるって難しいこと。

特に近しい存在であればあるほど、心配な気持ちも入り混じって

自分の中で期待や愛情とすり替えてしまっていることが多い。

信じるということは

自分の期待や不安を相手に押し付けないこと。

親をやって20年、ようやく気がついたことです。

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